バイトをしながら、つくづく自分は仕事面で不器用だなあと感じています。そんなとき、ふと思い出したことがありました。
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」です。
あの詩を初めて読んだとき、こういう生き方っていいなあ、と漠然と思ったんです。不器用で、「でくのぼう」と呼ばれ、お人好しで、素朴に生きる。今の自分に、なんとなく似ている気がします。ただ一点、「欲はなく」というところだけは全然違いますが……私は欲だらけなので。
人って、なりたいと思っていた生き方に、少しずつ近づいていくのかもしれません。もともと「雨ニモマケズ」の生き方に惹かれていたのなら、不器用ゆえに起こるあれこれ——たとえば店長に注意されること——に、いちいち深く悩まなくてもいいんじゃないか。そんなふうに思えてきました。
振り返ってみると、前の仕事を20年ほど続けられて、ある程度の貯蓄もできたことは、本当にありがたいし、奇跡みたいなことだと思います。社会に適応するのが難しいタイプの人間が、50歳までなんとかやってこられたのですから。
前職は公務員でした。就職のとき、母に相談しながら進路を考えたのですが、それとなく公務員を勧められたような気がします。母は私が社会の荒波を乗り越える力量がないと見抜いていたのか、それとも公務員として20数年働くうちに、私がそういう人間になっていったのか——今となってはよくわかりませんが、どちらにしても、あの選択で良かったと思うしかありません。
そしてまた、先週末、店長に注意されました。
接客業は、私にはハードルが高かったかもしれない。バイトは土日だけなので、平日のうちにどうにかメンタルを整えて、「また頑張ろう」という気持ちを立て直してシフトに臨んでいます。しばらくバイトを続けていけば、もっと仕事がさばけるようになるのか、または、ずっとこの状態なのか、考えると不安になってきます。
前回、「ポンコツは実直に生きる!」という結論に至ったのに、また同じところをぐるぐる考えています。
おそらく社員が店長ひとりだけなので、責任のすべてを背負っていて大変なのだと思います。それを思うと、早く人並みに仕事ができるようになって、お店に貢献しなければ、という気持ちになります。これまでかけてきた迷惑の分を、少しずつ返さないと——そんな気持ちを何とか自分の中に作っています。

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