双極性障害の兄について思うこと

私には、4歳上の兄がいます。

正直に言うと、子どもの頃からあまり好きではありませんでした。
兄はいつも「自分のほうが偉いんだ」という態度で、どこかマウントを取るようなところがありました。ケンカをしても、兄が“勝った”という形で終わらなければ気が済まない。
だから私は、途中から意見をぶつけることをやめて、少し距離を置くようになりました。

そんな兄ですが、家業を継ぐために両親の会社に入りました。
大学受験では思うようにいかなかったものの、専門学校で必要な技術を身につけ入社しました。
その姿は、素直に「すごいな」と思いました。両親を助ける気持ちがあったのだと思います。

20代後半で結婚し、4人の子どもの父親にもなりました。
私は結婚もせず、両親に孫の顔を見せることもできなかったので、その点も尊敬しています。
経済的にも労力的にも母の助けが大きかったけれど、それでも家庭を築いたことは立派だと思っています。

その後、兄は十数年前に双極性障害と診断されました。
今も入退院を繰り返し、働くことも難しい状態です。
夫婦関係も破綻し、入院費や生活費は母が負担しています。

母が亡くなったら――。
きっと、兄のことを見るのは私になる。
その現実を、最近よく考えます。

躁の症状が強く出ると兄は気が大きくなり、借金をしてしまいます。
それを私が肩代わりするのは違う気がする。
けれど母はこれまで何度も返済してきました。

母と兄の関係はあまり良くなく、最近は日頃のやり取りを私がLINEでしています。
けれど兄は、まだ病気を受け止めきれていないように見えます。
病気を受け入れられたら、きっと前に進めるのではないか――
そんなふうに思うのは、私の勝手な願いかもしれません。

母は今のところ元気ですが、年齢を考えればいつ働けなくなってもおかしくありません。
そのバトンが自分に渡る日を、想像せずにはいられません。
どうするのが一番いいのか。
すぐに決断できるよう、考えておかなければならない。

正直に言えば、兄のことは今も一番の悩みです。


突然ですが、私はアニメが好きです。
『呪術廻戦』の中で、脹相というキャラクターが戦っている途中で敵に対して言った言葉があります。

「兄が道を誤ったなら弟はその道を避ければいい
兄が正道を歩んだのなら弟は後をついてくればいい」

兄である脹相が、その言葉を口にするところに、私は強く心を打たれました。

自分のことで振り返れば、兄が心を病み、元の生活に戻れない姿を見て、
「私まで倒れてしまったら両親の老後は誰が見るんだろう」と思いました。
だからこそ、仕事で限界を感じたとき、病気になる前に退職する決断ができました。
その選択を後悔していません。今はとても幸せです。

もしかすると、兄の存在があったからこそ、
私は自分を守る選択ができたのかもしれません。

そういえば子どもの頃、
「どんなことをしたら母に怒られるのか」を、私は兄から学んでいたことを思い出しました。

兄が険しい道を示してくれたから、
私はその道を避けながら歩いてこられたのかもしれない。

そう考えると――
感謝、なのかもしれません。

簡単に割り切れる話ではありません。
けれど、兄という存在が、今の私を形づくっているようです。


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